お約束クラッシャー「メランコリック」ネタバレ感想

2021年4月27日

懐の深い、鍋岡家の食卓

鍋岡和彦という主人公もまた、

普通に良い人で、そしてどことなく、育ちのよさを感じます。

 

和彦を育てた環境

高級料理店に入ってもオタオタするわけでもなく、

そもそもそこへ着ていく服があって、気遣いの言葉が出る優しさもあります。

 

こういう所作が、フリーター生活の中で備えられたとは思えません。

(「電車男」的な失敗しがち)

 

おそらく、真面目な父がこつこつ働いて手に入れた持ち家で、

苦労せず今まで暮らしてこられたんじゃないかなと推測します。

 

彼の両親は、少し世話焼きな専業主婦の母親と、寡黙ながら愛情深い父親。

仲が良く、お互いに対する尊重の気持ちも忘れません。

 

すべては食卓で消化されていく

和彦の両親が揃って登場するのはすべて食卓のシーンです。

 

 

この食卓の懐の深さがすごい。

 

そもそも、いい年してフリーターの息子に対して、

干渉せず、気まずさもなく、

家族3人で自然に食卓を囲んでいる時点で家庭環境が良すぎるのですが、

 

どんな会話をしていても、最後には、

 

「ねえ、味噌を変えてみたんだけどどう?」

「このおかずおいしいよ、母さんは料理がうまいからなあ」

 

などなど、今日のごはんの話題に帰結していきます。

 

鍋岡家にとってごはんより大切なものはないのか、

食卓で出た話題は、すべてごはんのおともになっていくのです。

 

終盤に至っては、

腹を撃たれた松本が眠る隣の間で、やくざの愛人(情報量がすごい)と、

ふつうにごはんを食べています。

 

松本が出てきても「あら起きて大丈夫なの? なにか食べる?」

 

飲み過ぎた息子の友達が来たくらいのテンションですよ。

 

この鍋岡家の底なしの懐の深さというか、

「いつも通りの食卓」への執念に笑ってしまいました。

 

作中屈指の面白ポイントだと思います。

 

シュールな笑い

ただ、このシュールな笑いは、

「日本人は真面目である」という公式の上に成り立っています。

 

さらに、「普通」を知っている日本人にしか、

正しく醸し出せない面白さだと思うので、邦画らしくていいですよね。

 

ちなみに、両親役の山下ケイジさん・新海ひろ子さん。

 

いずれもかなり長い社会人経験をお持ちで、

ある日思い立って演じる側に立つことにしたそうです。

 

それゆえか、

すごくリアルな両親で、生活感がある場面になっている気がしました。

 

和彦と松本

和彦はたびたび「なぜ東大を出てフリーターを?」と訊かれますが、

そもそも「東大を出たらいい会社に入る」という既定路線に疑問を抱いていました。

 

物事の理由が何かと気になるタイプで、

小寺や松本のターゲットについて「なぜこの人は殺されるのか?」と尋ねています。

 

会社勤めしてもそこそこ苦労しそうですね(笑)

 

生きるために働く松本

片や「仕事だから」と淡々と殺人をこなす松本は、

その仕事のために、弱みになる恋人や、趣味もとくになく生きています。

 

仕事をするのは、多くの場合、お金を稼いで生きていくためですが、

ではなんのために生きるのか? を突き詰めると、どうでしょうか。

 

松本は、「何を楽しみに生きているのか」と和彦から問われると、

楽しみがなくては生きていけないのか? と返します。

 

おそらく育ってきた環境が真逆の二人の、この会話は印象的でした。

 

 

松本は、受け答えのはっきりとした好青年ですが、

若いころから裏社会で過ごしていたあたり、

あまりまっとうな生活はしてこなかったように思います。童貞だし。

 

「生きること」が保証されない時期も、もしかしたらあったのではないでしょうか。

 

幸せになるために生きる和彦

一方で和彦は、前述のような恵まれた暮らしの中で、

最低限「生きること」には脅威を感じることなく過ごしてきたはずです。

 

松本のように、どうすれば生きられるか? はすっ飛ばして、

「よりよく生きる」=「幸せになる」には何が必要なのか?

を考えるステップにいました。

 

「良い大学を出て、社会に出て、仕事をする」

という流れに疑問を抱いていた和彦もまた、

楽しみがある人生のほうがいいに「決まっている」と思い込んでいました。

 

松本のように、幸せかどうか以前の問題で立ち往生する人もいる

ということを、和彦は知るのでした。

 

なんのために生きるのか?

生きていたいとすべての人が思うか、幸せとは何かはともかく、

生きる以上、大抵の人は「幸せに生きたい」のではないでしょうか。

 

なんのために生きるのか?

 

和彦は、

松本や副島との満ち足りた時間を過ごす中で、ひとつの答えを出すのでした。

 

ラストシーンのモノローグを引用します。

 

人生には何度か、

これが一生続けばいいのに・って瞬間が訪れる

なにもかもがかんぺきで、幸福で。

この瞬間のために俺は生きてきたんだと

そう思える瞬間が、本当に何度か。

 

そして僕たちはまさしく、

その瞬間のためだけに生きているのだと思う、

その何度か訪れる瞬間のためだけに。

 

詩的で本当に好きな台詞です。

書き起こしながらうんうん、と頷いていました。

 

「幸せになりたい」と思う気持ちだけが本当

和彦のこのモノローグのように考えることは、

人生においてそのほかの部分に価値がないと言うことでもあります。

 

しかしそれでいいのだと思います。

 

どんな仕事も大変だし、誰の人生にもつらいことがたくさんあるけど、

幸せになりたいという気持ちだけが本当で、

その瞬間のために他のすべての時間はあるのだと。

 

良い大学に行って、大きい会社に入って、結婚して家を建てる。

 

そういった、一般的に幸せといわれる条件を集めたところで、

必ずしも幸せになれるわけではありません。

 

偶然の重なった結果でも、あるとき突然出会う、

自分にとって本当の「幸せ」のために、がむしゃらに生きていくのだと。

 

この多様性が前提の価値観って、めちゃくちゃ今っぽいですよね。

 

「幸せになりたい」という素直な気持ちだけが、

現代を生きる私たちにとって本当のことだと思いました。

 

面白かった! 銭湯いきたいな!

私は京都の「サウナの梅湯」がサイコーに好きです。また行きたい。

 

 

「メランコリック」はU-NEXTでも観られます。