HSP営業のお暇 ①限界を迎えて退職願を出した話

2021年6月12日

HSPなのに広告代理店の営業職をやっていた3年間。

 

いつも挟まれ、謝り、ある時はこちらが怒り……

ついに心がダメになって、退職願を出しました。

 

別にいじめられてもいないし、給料がすごく安いわけでもない。

辞めたくなっちゃった自分にも自己嫌悪がありました。

 

「世間的にはけして悪くないカード」を捨てたくなっちゃった人に、同じ人がいたよと伝えたいというのが、記録することにした一番の理由です。

 

HSPなのに営業職になってしまった

昔から人の顔色ばかりうかがっていました。

引越した先でなじめず、いつも友だちの挙動を気にしていました。

 

そのまま、親密なコミュニケーションは疲れるからできればしたくないというような大人になってしまったのに、流されるがまま広告代理店の営業職になってしまいました。

 

HSPという気質

HSPってなに?

HSPとはハイリー・センシティブ・パーソンの頭文字を取った言葉で「視覚や聴覚などの感覚が敏感で、非常に感受性が豊かといった特徴を生得的に持っている人」のことをいいます。

(中略)

HSPの人には、「ものごとを深く考える」、「刺激を受けやすい」、「感情の面で反応しやすく共感しやすい」、「かすかな刺激に対する感受性が強い」という4つの特徴があり、アーロン博士は、この4つの特徴全てに当てはまる人をHSPであると定義しています。

HSPの割合は全人口の15~20%と言われているため、約5人に1人がHSPであると考えられています。

(引用: https://www.clinicfor.life/articles/d-023/ )

 

「ものごとを深く考える」

「共感しやすい」

「感受性が強い」

 

これだけ見ると、ニーズを引き出して解決策を考える仕事にはぴったりのように思えます。

問題は、多くのHSPがそれに悩まされるという点です。

 

「真に受けすぎ」とよく言われます。

 

受け流せないHSPは、他人の感情を正面から浴びて、ときに本人以上に疲弊してしまうのです。

 

広告代理店の営業という仕事

営業職にも色々な担当がありますが、私の場合は、制作ディレクションが主な仕事でした。

 

制作現場とクライアントの間に入って、誰の面子も潰さないようにうまいこと進行管理をします。

当然、関係者はみんな自分の利を通そうとするため、折り合いをつけるべく、それぞれと話し合うのが代理店の役目です。

 

板挟みされっぱなしです。

 

いつも誰かと誰かの間に挟まって両方からプレッシャーをかけられていました。

 

HSPと営業職の相性

常にクライアントの先回りをしてケアをする営業職では、HSPの「気が付きすぎる」気質はとても役に立ちました。

「ああなったらどうしよう」という心配性のおかげで、十分なバッファを取ったり、事故を未然に防げたこともたくさんありました。

 

しかし、どんなにうまくいった現場でも、常にいくつかの修羅場はあるものです。

 

怒りや失望といったマイナスの感情にさらされ続けることは、かなり苦痛でした。

苛ついた誰かからぶつけられた嫌味や、自分は出しゃばりすぎたのではないかという言動を思い出すと、しばしば後頭部がギュッと絞られるような痛みに襲われました。

 

営業とHSPは、仕事ができる人を作り出しやすい組み合わせかもしれませんが、本人のメンタルにとってはかなり相性が悪いと個人的には思います。

 

退職願を書いたきっかけ

勤務時間は、平均すると1日10時間。

 

早朝から深夜まで15時間くらい働いているもあれば、さっさと帰って手間のかかった料理をできる日もありました。

 

新卒4年目で手取りは約27万円。

新人の中ではそこそこ期待され、「悪くない」カードだったと思います。

 

着信音の幻聴が聞こえるようになった

多くの制作会社は土日休みという概念がなく、逆に土日休みのクライアントは深夜まで働いている方も多いため、

土日・深夜関わらずスマホを見なくていい時間がありません。

 

しかも、かけ直すと二度と出ないような人も多いんですよね。

かかってきた電話は何としても取らなければいけません。

 

いつもスマホの振動に神経をとがらせていて、鳴った!? と思ったら幻聴ということはしょっちゅうでした。

 

休暇を過ごしていた海外でまで電話を取っているとき、

自分は何をしているんだろう……という絶望感がありました。

 

「プラダを着た悪魔」のラストをご存じでしょうか。

 

仕事に追われていた主人公が、吹っ切れてケータイを噴水に投げるのですが、

あのシーンで泣きました。

 

取引先のメールが最後のダメ押し

常に辞めたいと思う気持ちをなんとかやり過ごすうち、プライベートでも問題が勃発しました。

毎日、家族の悪口を別の家族から聞かされ、心がささくれ立っていきました。

 

同じころ、取引先にチクチクと嫌味を言う人がいたのですが、ある日その人から受けたメールがトドメとなりました。

いつもと同じような内容なのに、その日は受け流せませんでした。

 

それからというもの、悲しい気持ちは、単純作業をしているときによく顔を出しました。

 

物心ついたときから抱き続けている将来への漠然とした不安はもちろん、仕事や実家の人間関係といった具体的な不安が胸を覆い、涙が出るとしばらく止まらないようになりました。

 

仕事からしか逃げられない

ストレス要因の中で、唯一、自分の一存で対処できるのが、仕事を辞めることだと思いました。

上記のように天職とはいえない仕事だったことや、いくらでも仕事はあると言うパートナーの後押しもあり、退職願を上司に提出したのでした。

 

人のことは変えられませんが、自分のことは自分で決められます。

 

死んでしまうくらいだったら、会社を辞めたほうがいいです。

しばらくはお金だってもらえます。

 

引き止めを断り切れず休職に

無責任だって怒られるかな。

でもどうでもいいや。辞めるんだから。

 

と思っていましたが、退職願を出した私に対して、会社はとても親切でした。

 

上司との面談

上司や人事部は日ごろから、私のジェットコースターのようなタイムカードを心配してくれていたので、誰もがとにかく業務量が原因と思って疑いませんでした。

(一定の事実ですが)

 

コロナ禍という時勢のなかで再就職となると通常より難しくなるだろうと心配し、休職して一度ゆっくり考えてみてはどうかと提案されました。

それでも私はしばらく退職にこだわりました。

 

休職では、職場からの連絡を絶つことが難しいと思ったのです。

 

同僚からの連絡が心配だった

広告代理店の営業は、結局メンタルの強い人だけが生き残ります。

 

「鬱? どうしたらなるんですか?(笑)」と言い放てるような、自分と他人のハートが鋼鉄でできていると疑わない人間がいます。

というわけで同僚の一部は、休職中とはいえ辞めていなければ気軽に連絡を取ってくると思いました。

 

そうなれば、せっかく休職しても台無しです。

 

しかし、立つ鳥跡を濁さずの精神から、他人の悪口を言ってまで辞めることは私にはできませんでした。

 

人事部との面談

とはいえ、いざ退職となると実際にしり込みしたこともあり、結果として休職に落ち着くことになりました。

 

人事部との面談で、同僚からの連絡が心配だと話したところ、

とにかくスマホもPCも会社に置いていくように。

個人的な連絡先は一切同僚に教えないように。

と強く言われました。

 

人事部には、私と同い年の子供がいるという人もいて、むしろこっちが気後れしてしまうほど親身になって話を聞いてくれました。

 

とくに心配されたのは、休職中の生活費についてです。

あれこれと使えそうな仕組みも教えてくれました。

 

HSP営業、つかの間の休職へ

結果的には、傷病手当金を申請して一旦半年ほど休むことになりました。

 

傷病手当金をもらった話はこちら

 

取引先に休職することを伝えるメールを送るのはちょっとしんどくて、書いては消し書いては消ししていましたが、なんとかやりとげました。

 

休み中何するの? とたくさん聞かれました。

自分でもいろいろ考えていますが、とりあえずたくさん食べて、おひさまを浴びて、元気になろうと思います。