誰も彼女を救わなかった「市子」ネタバレ感想

2023年12月17日

幸せの絶頂に恋人の前から姿を消した女、彼女が隠していたものとは……

みたいな予告を見て、ずっと公開を心待ちにしていた「市子」

 

杉咲花を主演に迎えながらも上演館が少なく、このためだけに瀬戸大橋を渡って観てきました。

 

しかし杉咲花さん、ビジュアルもあいまっていつまでも学生のようなつもりで見ていましたが、もう26歳なんだそうです。

名演技が話題を呼んだ「夜行観覧車」もなんと10年前。時の流れが恐ろしいです。

 

 

本記事はネタバレを含みますので、鑑賞前の方はご注意ください。

 

誰も彼女を救えなかった「市子」あらすじ

けして裕福ではないながらも、大阪の片隅のアパートで慎ましく幸せな同棲生活を送っていた長谷川義則と、その恋人の川辺市子。

付き合い始めて3年ほどが経ったある日、長谷川は市子に婚姻届を差し出した。

 

涙ながらにプロポーズを喜ぶ市子だったが、翌日、長谷川が家に帰ると彼女の姿はなく、慌てて出ていったのか、まとめられた荷物だけが残されていた。

戸惑う長谷川に追い打ちをかけるように、捜索願を受けてやってきた刑事は「川辺市子という人間は存在しない」と告げる。

 

ともに暮らしていた恋人は誰なのか? 彼女はなぜ「存在しない」のか?

長谷川は独自に、市子の行方と、これまでの人生を探り始める。

 

オムニバス形式で明かされる「市子」の生い立ちと時系列

本作では、川辺市子が恋人の前から姿を消すところから始まります。

 

当然私たちには杉咲花=市子としてインプットされます(タイトルからしてそうだし)

しかし彼女の生い立ちをたどる回想シーンが始まると、どうも様子がおかしくてグッと引き込まれました。

 

というのも、回想の中で市子は「つきこ」と呼ばれているのです。

 

あ~名前の読み難しくて、卒業式で初めて「え!?呼ばれてた名前と違う!?」ってなる子、たまにいたよね~

などと思っていましたが、当然そんな穏やかな話であるはずもなく。

 

だんだんと明かされていく時系列を整理していくと、以下のようになります。

(注:以下ネタバレです)

 

市子はいつから月子なのか

母が父のDVから逃げ出した後で生まれ、いわゆる「300日ルール」により無戸籍の子となってしまった市子。

 

その後、母と新しい恋人との間に3つ下の妹・月子が生まれるが、月子には自力では立つことすらままならない重篤な障害があった。

やがて母は市子に妹の戸籍をあてがい、年齢を偽って小学校に就学させる。

 

こうして「健常者の川辺月子」が生まれた。

 

月子はいつ市子に戻ったのか

水商売を続ける母を支え、ヤングケアラーとして妹の介護を続けながら高校生になった「月子」

 

ある暑い夏の日、「月子」はついに妹の人工呼吸器を外してしまう。

妹の遺体は母の恋人によって生駒山に遺棄されるが、これによりいよいよ家族の歪みは決定的なものとなったのだった。

 

乱心した母の再婚相手が「月子」の身体を求めたとき、彼女はとっさに彼を包丁で刺してしまう。

たまたま一連の流れを目撃していた「月子」の同級生・北が手を貸し、母の再婚相手の死を事故に偽装するが、彼がふと気づいたとき「月子」は姿を消していた。

 

以降、北は執着に近い愛情を原動力に、彼女を探し続ける。

 

数年後にようやく見つけ出した「月子」は「川辺市子」を名乗っていた。

放浪していたところを拾われ、新聞配達員として寮に住み込みで働くうち、たった一人ながら友人もでき、市子として新しい人生を歩みたいのだという。

 

やがて市子は長谷川と出会い、同棲を始め、ようやくささやかな幸せを手に入れたかのように思われた。

 

土砂崩れにより生駒山から「川辺月子の白骨化遺体」が発見されるまでは。

 

市子はなぜ長谷川から逃げたのか

前日に恋人からのプロポーズを受け、幸せの絶頂にいたはずの市子。

なんとか取り繕えば、「川辺月子」としてなら、婚姻届を出すことはできたのかもしれません。

 

しかし生駒山から人骨が出たニュースが市子の耳にも入ります。

 

人骨の身元が「川辺月子」だと分かれば、「川辺月子」の死にまつわること、死んでいたはずの「川辺月子」になりすましていた人物が存在すること、さらにはその父が不審死を遂げていることまでが芋づる式に明るみに出る可能性があり、もはや市子が「月子」でいられる時間は限られていました。

 

また、そうでなくても、市子は「川辺月子」としては婚姻届を出さなかったのではないか、とも思います。

 

幼少期の市子は「月子」として扱われることに反発心を持ち、仲良くなった友人には「ほんまの名前は市子やねん」と危ない橋を渡ってすらいました。

アイデンティティの確立されていない時期に、自らを証明する唯一のものともいえる「名前」をすげ替えられていた苦しみは、想像を絶します。

 

それに伴う様々な困難から逃げ切り、ようやく手に入れた「川辺市子」としての幸せ。

 

もしかしたら戸籍が必要になる「婚姻届」が出てきたときが長谷川との生活の終わりと最初から決めていて、再び「川辺月子」として生きる選択肢は、彼女にはなかったのではないかと思うのです。

 

いつなら取り返しがついたのか

誰しも「人生にセーブポイントがあったら」と思うことがあるのではないでしょうか。

 

私もいまだにふと「人生どこまで遡れば、サラリーマン以外の職業に就いたのかな」とか「第一志望の面接のとき、対策なんか捨て置いて自分の喋りたいことを喋っていたら、少なくともこんなに後悔はしていなかったな」とか、くだらないとは思いつつ考えます。

 

本物の月子の死後、母の恋人は「どんなに小さな嘘も取り繕うためにはまた新しい嘘が必要になる」と吐き捨てました。

市子の母は市子を探す長谷川に「(なりすましのことなどは)時間ばかりが過ぎて、もうどうしようもなかった」とこぼします。

 

しかし彼らがもうどうにもならないと思っていたタイミングは、後から考えてみればまだどうにでもなったタイミングで、その場しのぎで嘘に嘘を重ねていくたびに、少しずつ「本当にどうしようもない」状態へ近づいていっていたのでした。

 

誰も市子を助けてくれなかった

長谷川の前から姿を消した後、元同級生である北の元に身を寄せていた市子。

しかしそこにも警察の手が迫っていると分かると、さらに逃亡してしまいます。

 

北は学生時代から市子に心底惚れており、「川辺を守る」と言ってどんな協力も惜しみません。

 

しかしその解決策は「川辺を背負って地獄を歩くよ」的なスタンスです。

 

市子が母の恋人を殺してしまった際も、彼が手を貸したのは罪を清算することではなく、隠蔽することに対してでした。

市子に反発され嫌われることを厭うためか、根本的な問題に目を向けることなく、目の前の臭いものに蓋をする解決策を選びがちです。

 

川辺月子でいられなくなった市子は、新たな嘘を重ねるために新しい戸籍の貸主を探します。

そして今回も北は、良心の呵責はありつつも根負けし、新しいなりすまし先となる女性を市子のもとに連れていってしまいます。

 

これでは、いつまでも市子が歩くのは暗い道です。

 

市子が背負わされた罪

本物の月子である妹の死後は、市子が「川辺市子」であることを証明すれば「川辺月子として生きていた」ことはもちろんのこと、妹の死に伴う罪にも行き当たりかねない状況でした。

妹になりすますことを強要されたまま、妹を殺し、母の恋人を殺し、ついに身分を偽るために自ら殺人を計画してしまった市子。

 

もしも保護者が、どこかで市子の戸籍を作るために必死で働きかけてくれていたら。

もしも「川辺月子」の死を隠蔽せず、罪を清算していれば。

もしも母の恋人の死を隠蔽せず、罪を清算していれば。

もしも長谷川の捜索に応じ、これまでの人生すべてを警察に洗いざらい告白していれば。

 

ここまでは、事件当時に子どもだった市子にとっては不可抗力的な罪がほとんどであり、彼女自身の罪は想像以上に軽かったはずです。

 

川辺市子として生き始めてから、市子は一度は無戸籍の子の支援団体に行き着いていました。

しかし指紋の提出が必要と分かると諦めてしまっています。

 

無知がそうさせたのか、母親譲りの場当たりてきな性格がそうさせたのかはもはや分かりません。

しかし戸籍を作るために指紋を取られて、それが過去の罪に行き当たったとしても、その時ならどうにでもなったはずでした。

 

しかし、勝手な都合で二人もの命を奪った最後の殺人は、今度こそ彼女自身の罪です。

もはや誰も彼女を許すことができません。

 

とはいえ、ここまで追い詰められるまで、長谷川以外の誰も市子を真剣に助けようとはしてくれなかったことは事実です。

 

母親もその恋人も北も、みんなが自分の都合のよいように解釈をして、市子をないがしろにしました。

その結果、彼女は究極のリセットしか選択肢のない人生を歩まざるをえなくなってしまったのです。

 

許されざる罪を背負った市子ですが、彼女のこれまでの人生を目の当たりにしてしまうと、どうかこれ以上誰も傷つけず、彼女自身も傷つかずに済むところまで逃げ切ってほしいというような気持ちを、抱かずにはいられませんでした。

 

ちなみに、市子の高校時代の回想シーンで行われていた授業は、英語の「仮定法過去完了」のセクションでした。

これはご存じのとおり「もしあの時××だったら、今は○○なのに」というような用法で、芸が細かい作品だったなあと思います。

 

市子の歌っていた鼻歌は「にじ」

本物の月子が死んだ日に母が、そして冒頭とラストシーン(おそらく北たちを殺した後の逃亡シーン)で市子が歌っていた鼻歌は、「にじ」という童謡です。

幼稚園や保育園で歌ったことのある方も多いのではないでしょうか。

 

 

にわのシャベルが いちにちぬれて

あめがあがって くしゃみをひとつ

くもがながれて ひかりがさして

みあげてみれば ラララ

にじが にじが そらにかかって

きみの きみの きぶんもはれて

きっと あしたは いいてんき

きっと あしたは いいてんき

 

引用:「にじ」歌詞(作詞:新沢としひこ)

 

くっついた男に次々とDVや借金の問題が生じた母、無戸籍児のうえにヤングケアラーとして辛い人生を強いられてきた市子。

この二人が歌うと刹那主義的なニュアンスになります。

 

「あしたはいいてんき」になるはずもないことを思うと、曲調の明るさがかえって辛かったです。

 

市子が長谷川に出会ったタイミングがもっと早ければ。

自分以外を信じることができなくなってしまっていた市子が「誰かと生きていくこと」を最優先にすることがあったなら、と思わずにはいられません。

 

市子を苦しめた無戸籍問題

さて、市子の人生を狂わせた「無戸籍問題」にも触れておきたいと思います。

 

大きな要因となっていたのが「離婚した日から300日以内に子が生まれた場合は前夫の子どもとみなす」いわゆる「嫡出推定の300日ルール」です。

 

300日=約10か月なので、ざっくり言えば、

元夫との婚姻関係を解消してすぐに次のパートナーと子作りしたとしても、300日以内に生まれるとしたら元夫の子ですよね? というものですが、

 

まあそりゃ……理屈上はね……

 

実際にはいくらでも「その限りではない」ことが起きます。

とはいえ本質的には「誰の子か」をはっきりさせるための法律ではありません。

 

父親は子どもを扶養する義務を負いますので、

事実関係はともかく、とにかく子に対して父親をさっさと紐づけてあげた方が経済的利益が大きいという理屈です。

 

まあそりゃ……何事もなく養育費払うようなパパならね……

 

実際にはいくらでも(以下略)

 

というわけで、本来、子どもが生まれれば速やかに出生届を出して戸籍登録を行うのが一般的ですが、元夫と生まれた子の間に戸籍上の繋がりを作りたくないから出生届を出せない、結果子どもは無戸籍にというケースが起きてしまっていました。

 

法務省のページが詳しいので、しっかり知りたい方はこちらをご覧ください。

 

嫡出推定は2024年に改正予定

嫡出推定制度は、市子のように子どもが無戸籍になってしまうケース、さらに女性に限って離婚後すぐの再婚を認めない点など、多方面から見直しが求められていました。

改正のニュースを見たのはずいぶん前の印象でしたが、施行は2024年だそうです。

 

 

この改正により、離婚した日から300日以内に子が生まれた場合であっても、再婚後であれば再婚した夫の子と推定されるようになりました。

また、父親との繋がりを絶ちたい場合も、子自身や母親から嫡出否認の訴えを出せるようになりました。

 

市子の生い立ちを思い返すと、彼女自身の戸籍さえあれば……ということがありすぎて、やるせない思いです。

 

今後、無戸籍の子どもや、子どもをそうしてしまって苦しむ母親がひとりでも少なくなることを祈ります。

 

以下は支援団体のホームページです。