繰り返される差別の歴史を思う「Us」ネタバレ感想
2020年春。
ひとりの黒人男性が、白人警官の”過剰な”取り押さえにより死亡したことを受け、BLM（Black Lives Matter）運動が全世界的な広がりを見せています。
アメリカでは黒人男性の1000人に1人が警官によって殺されるとされ、死因として、さまざまな病名と並んでランキングに入るほどです。
そもそも黒人男性の犯罪率が高いのだから射殺制圧される率も高くなる！
いやいやそれは貧困率が高いのを無視できないだろう！
という論争は、堂々巡りなのでここでは一旦置いておきます。
そこへ、世界的なコロナ禍による精神的・身体的な抑圧感や、経済の落ち込み、格差の拡大、そしてSNSの発達……
さまざまな要因が重なって、ムーブメントが拡大したように感じます。
「Us」は、ホラー映画でありながら、世界中に横たわり続ける差別問題とけして無関係ではない作品です。
まず思ったことは、これは破壊と再生の物語なのだろうということでした。
ネタバレしかしないので、知りたくない方は自衛してください。
「Us」あらすじ
黒人の少女・アデレードは、家族と訪れたビーチに出店していた「鏡の迷路」で迷子になり、その中で、まさに鏡うつしのように自分にそっくりの少女に出会う。
すぐに迷路からは脱出できたものの、恐怖体験のトラウマから、アデレードは失語症を患ってしまった。
習い事のバレエもリハビリに功を奏したのか、徐々に失語症の症状は回復し、無事に大人になったアデレード。
今でも少し口下手ではあるが、優しい夫と、生意気ざかりの二人の子どもとともに幸せに暮らしていた。
ある日、毎年恒例のバカンスにやってきたアデレード一家は、別荘の外に佇む怪しい四人組に気づく。
揃いの赤いジャンパースーツをまとった訪問者たちは、自らを「実在する人間のクローン（影）」であると語り、アデレード一家に襲い掛かった。
クローン家族の目的は？
アデレードと家族は生き残ることができるのか？
映画「Us」はグロい？
私はグロが苦手なのでサイコホラー映画は基本的に怯えながら視聴します。
本作「Us」には内臓が出るシーンはありません。
コワさMAXでも、鈍器で殴って血しぶきが見える演出、刃物で流血するレベルで、切り取られた身体の一部が映るようなことはありません。
ただし、びっくりさせるホラー系の演出があるので、苦手な方は薄目がおすすめ。
「パラサイト」が見れる人は問題ないかなと思います。
https://pandakawaii2020.com/post-60/
映画「Us」ネタバレ感想
クローンの人々について、地上の「オリジナル」に対する「影」と呼ぶことにします。
実は「オリジナル」のアデレードは、幼少期に迷路で迷子になった際に、自らの影に出会い、そのまま入れ替わられていました。
つまり、一家を襲いにやってきた、ジャンパースーツのアデレードが「オリジナル」。
地上で大人になった口下手なアデレードは、本来「影」だったのです。
どちらをアデレードと呼ぶかは微妙なので、本記事では一貫して「オリジナル」「影」で呼びたいと思います。
（Wikipediaに行くと設定上の名前がちゃんとあるよ。）
地下の施設の目的は？
本作において影の人々は、政府にクローンとして作成されたきり、地下施設に放置されていました。
実際のところは明かされていませんが、個人的には、臓器移植目的かな？ なんて思いました。
近年ではEPS細胞などの技術も進歩していますが、もし本人と全く同じ遺伝子を持つ人間がコピーできたら、拒絶反応なしかつ手軽にスペアの臓器が手に入るんですよね。
神になり損ねた人間とその遺物
影の人々は地上にいるオリジナルに行動を引っ張られ、あやつり人形のように地下世界で全く同じ動きをしています。
言葉を喋ることはなく、知能も育たないまま、ただ生かされています。
しかし感情がないので気になりません。
影の人々全体で、ひとつの魂を分け合っているそうです。
身体は作ることができたけれど、のせる魂は作れなかった。
私たち日本人のオタクにとっては、「鋼の錬金術師」などでもおなじみの概念ですね。
人間は神にはなれません。
そんな「神になれなかった政府が遺した出来損ないの人間」が「影」であることを前提に、いろいろ見ていきたいと思います。
地下の人々と神について
地下にいる「影」たちは、太陽の光に当たることもなく過ごしています。
青白くなっちゃいそうですけど、クローン技術を持つ政府のことなので、うまくやったのでしょう。
さて、光は神の象徴でもあります。
「影」の人々が神を奪われていることについて以下で書いていきます。
「光」を奪われた地下の人々
『旧約聖書』の冒頭「創世記」より抜粋します。
God said, ʻLet there be light,ʼ and there was light; and he separated light from darkness.
He called the light day, and the darkness night. So evening came, and morning came; it was the first day.
訳：神が「光あれ」と言うと光が誕生し，神は光と闇を分けた。神は光を昼、闇を夜と名付けた。そして夜が訪れ朝を迎えた。これが第一日である。
本作ではクローン人間が表れる前、演出として停電が起きています。
アデレードが迷子になった鏡の迷路、一家の別荘、友人一家の別荘でも、停電が起きてうろたえているところに、クローンが現れます。
もちろん闇に紛れて襲う目的もあるでしょうが、光を奪うことは、それ自体が象徴的な意味を持っているように感じました。
神になったアデレード（オリジナル）
影は地上にいる自分に文字通り「引っ張られる」ことが示されています。
オリジナルのアデレードですら、地下社会に連れ去られたのちは、地上にいる影の行動に引っ張られるようになります。
天井から糸で吊るされているように、地上のアデレードが右に曲がれば右に行くし、食事をすれば口に何かを運ぶことになります。
しかし、元オリジナルである彼女には知性や感情がありました。
地下での食事である生のうさぎを食べることへの嫌悪、愛していない夫をあてがわれること……。
影たちが当たり前に受け入れていたことは、本来オリジナルであるアデレードにとっては地獄のような日々で、憎悪を蓄積していったことが分かります。
おそらくアデレードは影の社会で初めての「言葉を持つ人」になり、やがて、影たちを導く信仰対象＝「神」になったのでしょう。
神の導きで自由を得た地下の人々
元来、影に知性はありませんが、影アデレードがオリジナル両親と過ごす中で言語や感情を習得していく様子から、後天的にそれらを得ることはできそうです。
これまで意思を持たなかった影社会に、アデレードという神が現れました。
神が現れ、信仰という行動が起きたことで、影たちは自分の自由意思を持つようになりました。
そうして影たちは結託し、オリジナルを手にかけたのでした。
とはいえアデレード以外の影たちは相変わらず喋れないようでしたが、どうやって計画を伝えたんでしょうね。
最後にいた黒板のある部屋で授業とかしたのかな？
ジェイソンの謎について
作中で謎を残すキャラクターといえば、ジェイソンとその影です。
個人的には影ジェイソンがいちばんこわかったです。
「四つ足歩行」
「ハサミを持っていない」
「感情がないはずなのに“キレやすい”」
「地上にいるのにオリジナルの行動に追従するシーンがある」
「オリジナルにない火傷の痕がある」
このように、かなりイレギュラーなキャラクターでした。
神（アドレード）の子供だからかと思ったのですが、それなら娘も同じでないとおかしいです。
行動については、マスクをしているときはどうやらオリジナルの行動に追従するようです。
それが自らの破滅につながっていても。
ジェイソンは入れ替わっていた説
そんなジェイソンについては諸説あって、どこかのタイミングでオリジナルと影が入れ替わったのではないかと言われています。
オリジナルジェイソンは、影ジェイソンを焼き殺したタイミングで、オリジナル（ジャンパースーツ）アデレードによって地下施設に誘拐されます。
死闘ののち、影アデレードがオリジナルジェイソンを取り戻すのですが、（これは地上で元々暮らしていた組み合わせなので正しい）
どうもそこから、ジェイソンが母を避けるようなそぶりをして、失語症のような症状も見られると。
しかも影アデレードが、敵である影ジェイソンの死にかなり動揺していたりして、実は炎の中で死んだのはオリジナルジェイソンなのではないか？というものです。
ジェイソンは入れ替わっていないと思う
個人的には、ジェイソンは最初から最後まで入れ替わっていないと思っています。
理由として、序盤にクローゼットに閉じ込められた影ジェイソンが助けを求めるシーンです。
「あんたの息子よ」と影アドレードが言うと、オリジナルは素直に迎えに行きました。
わざわざこのセリフが入るということは、
別荘への襲撃時点で、影ジェイソンを生んだのはオリジナルアデレードであることは確かだと思います。
オリジナルアデレードは子供を愛していない
オリジナルアデレードは自分の子供に対する愛情はないようです。
序盤の様子では、お腹を痛めて出産したような感じでしたが、夫も地上の組み合わせに即してあてがわれた男でしかありません。
そんな経緯で生まれた子供を愛せるでしょうか。
娘に至っては「化け物が生まれた」とか言っちゃってますし、彼女にとっての子供は、影社会に対する恨みの象徴なのかもしれませんね。
オリジナルアデレードの目的は？
オリジナルアデレードの主目的は「影社会の勝利」ではなく、「影アデレードへの復讐」だったのではないでしょうか。
影の人々を地上に放ったのも、すべてそれが目的で、彼女自身はオリジナルの人々を殺すことには執着がなかった。
だって彼女自身が元々オリジナル側の人間だから。
オリジナルアデレードは、連れ去ったオリジナルジェイソンに、加害もせずロッカーに隠していました。
影アデレードが来る前に、真実を伝えたのではないでしょうか。
私は本来オリジナルで、あなたの母は人造人間である。
いまアメリカ中を蹂躙している化け物と同種である……と。
以後の影アデレードに対するオリジナルジェイソンの反応は、母の正体を知ってしまったからだったのです。
いつ寝返るかわからない化け物の正体を自分だけが知っているのは、なかなかしんどい日々が待っていそうですね。
「Us」に登場する象徴モチーフ
本作には、破壊と始まりのモチーフがいくつか登場します。
数字の「11」
冒頭でオリジナルアデレードがもらう景品の番号は「11」
浜辺で青年が掲げていたスケッチブックには「エレミヤ書 11章11節」、さらに影一家が現れた時刻も「11:11」と、本作はかなり恣意的に「11」という数字を推してきます。
まず、ゾロ目である要素は、クローンを暗喩していると言って差し支えないでしょう。
また、西洋では「11」はいわゆる忌み数らしいです。
（蛇の目に見えるから）
また、「10」がすべての数字を回り終わる（1～9）完全な姿を表す一方で、「11」はその調和の破壊や、繰り返しの始まりを意味したりします。
はさみというモチーフ
さらに、影の人々が手にしていた武器・はさみは、暴力性だけでなく、現状の打破などを意味するモチーフです。
全米でたくさんの人が影の犠牲になり、これから、同胞として強いつながりを持つ影の人々が地上で暮らすことになります。
しかし本当にそれでよかったのでしょうか。
差別されていた人が反動のように殺戮を行い、新たな混沌を生むことは、結局、悪い歴史の繰り返しにすぎません。
今現実に起こっている人種差別問題も、逆に振れて白人を虐げる流れもあるようです。
（いずれにせよアジア人は最下層、蚊帳の外なんですけどね）
男女差別にしても、女性の扱いを正常化するはずが、男性を過剰に下げる動きもあります。
過去に受けた扱いを返すことでプラスマイナスをならそうとするのではなく、いま、このタイミングを考えて、うまくバランスを取れたらよいのですが。
そういう意味では、唯一真実を知るジェイソンが生きていることは、もしかしたら希望なのかもしれません。
次はジェイソンが「オリジナル」軍を先導する者になるのか？
憎しみは絶えないでしょうが、調和の道を探してほしいと願ってやみません。