消費される女性の心と身体「さよなら歌舞伎町」ネタバレ感想

2021年5月15日

仕事でよく歌舞伎町を通ります。

 

保証人不要の賃貸広告、ぴたぴたの黒パンを履いたホスト、

明らかにカタギではない男性、制服のように同じ格好の女の子たち……

 

あのエリアの懐の広さに驚かされます。

 

「さよなら歌舞伎町」は、

そんな歌舞伎町にある、とあるラブホテルの1日を描いた作品です。

 

私は本作を「女性」の映画だと思っています。

 

主演の染谷将太はシーン数としてはかなり多いはずなのに、透明人間みたいに存在が感じられません。

 

自分のいるべき場所はここではないと思っている感じが出ていて、すごくよかったです。

 

 

「さよなら歌舞伎町」あらすじ

歌舞伎町のラブホテル・アトラスに務める徹は、

かつては一流のホテルマンを目指しており、現在の職にはやりがいを見いだせずにいる。

 

家族や、同棲中の恋人・沙耶には、お台場の高級ホテルで働いていると嘘をついていた。

 

アダルトビデオの撮影部隊、枕営業を要求される駆け出しのミュージシャン、W不倫の刑事、デリヘル嬢とその客たち、風俗のスカウトと家出少女、そして過去の犯罪により指名手配を受けている従業員……

 

さまざまな欲望と事情を抱えてアトラスにやってくる男女の群像劇。

 

消費される女性の心と身体

本作では上記のように様々な男女がラブホテルにやってきますが、

全ての部屋の中で、女性が性的に消費される様子が描かれます。

 

今回はそこに注目したいと思います。

 

「さよなら歌舞伎町」に登場する女性たち

もちろん性産業に従事する女性の中には、

徹の妹・美優のように楽しく働いている人もいるはずです。

 

しかし一方で、そんな美優もまた「(この仕事を)親には言えない」と言います。

 

どんな客にも笑顔で優しく接する天真爛漫なデリヘル嬢・ヘナも、

仕事帰りに恋人を前にすると涙をこぼし、自分の身体は汚れてしまったと感じています。

 

葛藤の末に枕営業を受け入れてしまった沙耶は、

「気にしてるの? 大したことじゃないじゃん、デビューできるんだし」

自分に言い聞かせるように徹に言い訳をします。

 

キャリア警察官とW不倫をしている理香子は、

不倫相手が自分を切り捨てるような発言をしたことに冷めてしまいます。

 

家出少女の雛子は、身体と引き換えに寝食をしのぎ、

親切を装った風俗のスカウトマンに捕まります。

 

彼女たちは一様に、「女」を利用することで、

なにかを諦めたり失ったりながら、なにかを得ているのでした。

 

身体を売れることはイージーモードなのか?

女はいいよな、最悪、身体売ればいいんだから。

 

そんなことを平気で言う男性がいます。

 

たしかに、

男性よりも女性、そしてより若い肉体に市場価値があるのは事実です。

 

しかし、そもそも需要があるから価値が高まるのであって、

結局、女性に値札を付けているのもまた男性です。

 

男女平等とか言っても、

最終的に身体勝負になれば、女性は男性には勝つことができません。

組み敷かれたらおしまいですから。

 

最悪、身体を売ればいい?

 

生きるための最後の手段としてそこに行きついたなら、

もはや相手を選ぶことはできません。

 

客から脅されたヘナは、たまたま助けを呼ぶことができましたが、

一歩間違えば、殺された立ちんぼの女性と同じ目に遭っていました。

 

女性が身体を売るとき、彼女たちの心もまた切り売りされている場合があり、

それは心ない男性の言葉どおり「最悪」なのです。

 

勝つのは愛か? 正義か? 理香子と鈴木

理香子と鈴木は、刑事と犯罪者という社会的レッテルだけでなく、

生き方について完全に正反対の位置にいました。

 

社会的には圧倒的に「正しい」はずの理香子が、何も手に入れられず、

かなりアウトローな手段を講じてきた鈴木は、不格好ながらも幸せを手にします。

 

二人の差は「愛」でした。

彼女たちの対比が、この映画の見どころだと思います。

 

理香子と愛のないセックス

理香子は、昔から「悪い人間を捕まえる」イメージに憧れており、

最近ついに、念願だった刑事に昇格したばかりの女性警察官。

 

女性の警察官は非常に少なく、令和2年時点でも全体の1割程度です。

さらに、犯罪対応の刑事課への配属となればかなり狭き門。

 

男性かつキャリア組である不倫相手に比べると、

理香子がかなり不利なスタートラインを強いられたことはたしかです。

 

その差は、本当に熱意だけで埋まるものだったのでしょうか。

 

刑事になるには上官の推薦が必要です。

 

不倫と理香子の昇任との関係について、作中では語られていませんが、

他の登場人物と同様に、夢のために女としての自分を売った可能性は否めません。

 

不倫相手は、理香子の身体をむさぼりながら愛の言葉を囁きますが、

そのわずか数時間後、不倫がバレるか・指名手配犯を捕まえるかの二択になると、

理香子を見捨てて逃げ出してしまいました。

 

理香子自身も、不倫相手に裏切られたことより、

自分の手柄をみすみす逃すことに未練があるように見えました。

 

本気ではない、愛のない関係だったことが伺えます。

 

愛のためにすべてを捧げた鈴木

アトラスのスタッフ・鈴木は「愛のなせる業」を象徴する登場人物でした。

 

彼女は、過去にDV夫から守ってくれた男性と駆け落ちをしています。

 

しかし、

夫から逃げ出した際の強盗致傷によって、駆け落ち相手は指名手配されており、

15年という気が遠くなるような月日を、二人で息をひそめて暮らしてきました。

 

よほど相手を愛していなければできないことですよね。

 

惚れた少女のためにリンチを受けた男性に

「彼女のために身体張ったんだあ……」とシンパシーを見せるシーンもあり、

鈴木は、愛によって生まれるパワーを心から信じているようでした。

 

愛と正義の直接対決

時効成立まで24時間を切ったところで、

鈴木は、偶然ホテルを訪れた理香子に身柄を拘束されてしまいます。

 

しかし執念でなんとか逃げ出しました。

 

理香子も懸命に追いますが、

不倫相手の協力を得られなかったこともあり、取り逃がしてしまいます。

 

鈴木が理香子から逃げ切る、

つまり本作では、時に正しさよりも愛が勝つという描かれ方がされています。

 

ラストシーンの解釈「さよなら」歌舞伎町

全てを投げ出した徹が、故郷の塩竈(宮城県)へ向かう姿が描かれます。

 

沙耶は「帰ってくるよね? 待ってていいんだよね?」と叫びますが、

徹は返事をしませんでした。

 

24時間前とはすべてが変わってしまった家にひとり戻り、

桑名正博の「月のあかり」を弾き語る沙耶。

 

灯りをつけるな 月の光がやさしく お前をてらしているから

ふり向くな この俺を 涙ぐんでいるから

長い旅になりそうだし さよならとは違うしこの街から 出てゆくだけだよ

 

前田敦子の、AKB48時代から「あっちゃんだ」とすぐわかる、

ちょっと舌ったらずな甘い声が哀愁を誘います。

 

枕営業を目撃された時こそ、沙耶はパニックで徹の嘘を責めましたが、

徹を本当に愛していたことが作品全体を通して描かれています。

 

冒頭、徹と朝からセックスをしたがったのは、

けして前田敦子に一皮むかせようという邪な脚本ではなく、

きれいな身体の自分と最後のお別れをしようとしていたんですね。

 

最後まで枕営業に乗り気ではなかった彼女ですが、結局夢を諦めきれませんでした。

 

自分に言い訳をするように徹に許しを請い、一緒に帰ろうと声を掛けます。

 

徹が高級ホテルで働いていなくても構わなくて、

本心で彼を愛していて、結婚したかったのだろうと思います。

 

しかし残念ながら、この映画のタイトルは「さよなら歌舞伎町」

 

他の登場人物たちも、

きれいに歌舞伎町から離れる形で物語をたたんでいきました。

 

おそらく、もう徹が二人の家に帰ってくることはないだろうと感じました。

 

 

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