気楽な独身生活を捨てる覚悟を持てない心の弱さ「複製された男」ネタバレ感想

一時期サスペンスにハマって色々観ていたのですが、中でもタイトルに惹かれたのがこちらです。

 

 

タイトルに惹かれたといいつつ、

邦題と英題が違うといういつものパターンで、英題は「Enemy」

 

全然サスペンスじゃありませんでした。

 

邦題にミスリードされていたので思っていた内容とは違ったけど、

ジェイク・ギレンホール1人2役なので2倍見れてうれしい!!

 

「複製された男」あらすじ

物静かな大学講師・アダムは、

ある日、映画の脇役に自分と瓜二つの俳優を発見する。

 

他人の空似というにはあまりに似ていることに恐怖すら覚えたアダムは、

翌日から、取り憑かれたようにその俳優を探し始める。

 

俳優の名前はアンソニーといった。

 

ついに対面した二人は、外見だけでなく、身体の傷跡までが同じ場所にあり、

お互いがまったくの「コピー」であることを目の当たりにする。

 

どちらが「オリジナル」なのか、なぜ自分と同じ人間が存在するのか。

自分は誰なのか。

 

やがてお互いの生活に踏み込むようになった二人は、

アダムの恋人メアリーやアンソニーの妻ヘレンを巻き込んでいく。

 

日本版タイトルによるミスリード

冒頭に書いたように、本作の原題は「Enemy」

ポスターも、日本版とは全く違う印象のものが採用されています。

 

日本版は「同じ男が二人いる」ことに焦点を当てたデザイン。

 

 

「あなたは、一度で見抜けるか」という煽りも含めて、

「なぜ同じ人間がいるのか?」という謎に迫るサスペンスなのかと思わされます。

 

 

一方オリジナル版は、俯いて何か悩むような表情の主人公。

その頭の中には、蜘蛛や街並みが描かれています。

 

サスペンスではなく精神向き合い系

個人的に、邦題などから想像していたのは、

東野圭吾の「パラレルワールド・ラブストーリー」的なストーリーでした。

 

しかし実際にはサスペンスの要素は薄く、

「自分自身との対峙」がテーマのドラマになっています。

 

弊ブログでレビューした中だと、

「ボクたちはみんな大人になれなかった」的なジャンルなのではないかとすら思います。

 

 

この映画を観て、自分自身に重ねる部分があったりして、

自分はどう自分の精神に向き合っていくか? あるいはすべて放棄して逃げるのか?

みたいなことを考えさせられる映画なのかな~と思いました。

 

初回はぜひネタバレ前に視聴してほしい

「複製された男」は、初回はネタバレを見ずに見るのがおすすめ。

 

ちなみに現在「複製された男」が視聴できるのは、

U-NEXTとWOWOWのみとなっています。

 

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身軽な人生を手放し女性に支配される覚悟

さて、以下では、

アダムとアンソニーは同一人物の別人格ということを前提としていきます。

 

元・売れない俳優の浮気性の男と、真面目で優しい大学教員が、

おそらく「アンソニーという名前の男」の中に共存しています。

 

全体を通してこの映画は、

身軽な人生を手放して、束縛された生活へ向かう覚悟を描いていたように感じました。

 

男性的なテーマかもしれない

アンソニーの妻・ヘレンは出産を控えています。

 

最近はあまり聞きませんが、「結婚は人生の墓場」とよく言われていました。

言ったら炎上する世の中になったからみんな黙っただけかもしれません。

 

しかしこの台詞は、昔からどちらかというと男性のものでした。

 

現代でも、自由を手放したくないという理由で結婚を渋るのは、

どちらかというと男性に多いように感じます。

 

女性にはタイムリミットを意識させられる機会が多く、

リアリストになるのが男性より早いのかもしれません。

 

作中に登場する蜘蛛と女性たち

本作では、蜘蛛が重要なモチーフとして登場します。

 

個人的には大の苦手なのでやめてほしいのですが、

蜘蛛は、縛り付ける(束縛する)女性の象徴とされています。

 

作中に登場し、主人公を取り巻く女性たちについて、

蜘蛛との関係性を考えていきたいと思います。

 

作中の女性は2種類に分けられる

本作に登場する女性は、二種類に分けられます。

 

彼らを束縛する女性と、

もう一方は、主人公の性欲の対象である女性です。

 

何度も何度も電話を掛けてきたり、

アンソニーの俳優業を否定したりする母親はまさに束縛する女性です。

 

一方、本能の解放ともいえる性欲を受け止めてくれる女性。

 

それは、秘密クラブにいるストリッパーであったり、

淡々とした性行為を受け入れるメアリーであったりします。

 

官能的なストリッパーが女性らしいヒールで大きな蜘蛛を踏み潰す

という行為は、かなり象徴的な意味を持ってきそうです。

 

妻はどっちなの?

では、アンソニーの妻ヘレンは、彼にとってどんな存在なのでしょうか。

 

恋愛をして結婚している以上、

少なからず性的な愛情を持った時期があると思います。

 

ただし、結婚となると、

彼女は家庭すなわち自分の生活に食い込んでくるようになります。

 

義理の母ともすでに良好な関係を築きつつあり、

それは、アンソニーからすれば包囲網のようにも感じられます。

 

ヘレンも、アンソニーが責任感を持ってくれないと困るので必死です。

 

そうやってだんだんと、

「束縛する女性」の色が濃くなってきたのではないでしょうか。

 

これまで性欲の対象でしかなかった恋人は、妻になり子供の母になろうとしています。

 

それはつまり、

アンソニーが夫となり家庭を持ち、子供の父になることを意味します。

 

アンソニーの人生は日々確実に、

彼だけのものではなくなり、彼以外の人間によって束縛されつつあるのです。

 

アンソニーはもう少し自分の人生を気楽に楽しんでいたかったのかもしれません。

 

個人的にはアンソニーとヘレンは、

(故意か偶然かはともかく)授かり婚なのではないかと思っています。

 

メアリーはアンソニーの自意識の産物ではないか?

一方、アダムの恋人のメアリーはとても不思議な存在でした。

 

アダムとメアリーは、会うたびに性行為をします。

 

しかし、メアリーはいつも積極的にアダムを誘うわりに、

終わるころにはいつも淡白で、さっさと部屋を出ていってしまいます。

 

アダムが気乗りしなさそうだからかな?

それとも単に情緒不安定な女性なのかな?

 

などと思っていましたが、

実際には、メアリーは存在していないのではないでしょうか。

 

メアリーはアンソニーの背徳的な性欲

メアリーはアンソニーの中にある後ろめたい性欲の象徴と考えると、

いくつかのシーンに辻褄が合うように思います。

 

都合よく誘ってきて、終わればあっさりと帰っていく。

 

メアリーの性行為後の行動は、

まるで男性の”賢者タイム”のようで、男性の性欲パターンによく似ています。

 

それは、メアリーが実在する一人の女性ではなく、

メアリーといる時間そのものが、

アンソニーが個人で性を楽しむ時間だったからなのではないでしょうか。

 

個人的に、この解釈を決定的にしたのは、

アンソニーとメアリーが車の事故に遭う直前のシーンです。

 

このシーンでは、

アダムはアンソニーとしてメアリーに対峙していました。

 

メアリーが「指輪の跡がある! あなた誰なの!」と取り乱しますが、

アンソニーは「前からだよ」と返します。

 

結婚している証を、自意識の中に存在するメアリーが認識するかどうかは、

すなわち、アンソニー自身が指輪(=結婚)に向き合うかどうかなのです。

 

その直後、車のクラッシュ事故でメアリーは消失し、

アンソニー(アダム)と彼女の関係は終わりを迎えました。

 

迫りくる責任との対峙

アンソニーとヘレンのスレ違い。

アダムとしての姿に顕著に現れている、本来彼が持つ優しさ。

メアリーとアンソニーとのセックスと平行して、ヘレンの前に現れるアダム。

 

お腹を膨らませた妻と向き合うことは、

つまり生まれてくる子供、責任ある生活との向き合いです。

 

ラストシーンで、ついに妻は巨大な蜘蛛に成り果てました。

 

アンソニーは、これからの人生を、

夫そして父として束縛されて過ごすことへの不安が、まだ拭いきれません。

 

安易な性欲(セックスクラブ)へ向かいたい衝動を抑制する意識として、

妻を悪者にしてしまう心の弱さが現れたように感じました。

 

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